ヘルスケア
2025年の熱中症による救急搬送の数は全国で約10万人にのぼり、過去最多を記録しました。気温は4〜5月から上昇し、熱中症を発症するリスクも高まってきます。今から行える熱中症・暑さ対策について考えます。
熱中症とは、暑さによって生じる障害の総称ですが、このとき体は「体温調節が追いつかず、熱が体内にこもってしまう状態」になっています。
人の体にはもともと、生理機能を一定に保とうとする働き(恒常性)が備わっていて、これにより体温は通常36〜37℃に保たれています。暑いときや運動したときなど体内に熱が発生すると、自律神経の働きにより熱を外に逃そうとする機能が働きますが、それでも十分に体温を下げられない場合は、皮膚の毛穴(汗腺)から汗を出すことによって、水分が蒸発する際に気化熱を利用して熱を放散しようとします。このような熱を生み出す仕組み(熱産生)と熱を外に逃す仕組み(熱放散)のバランスによって、体温が調節されています。
しかし、空気の温度が皮膚の温度より高いときや、激しい運動などで体の機能以上に負担をかけたときなどは、このバランスが崩れてしまいます。体温調節が追いつかず、過度に深部体温が上昇し、この段階で適切な休憩、水分補給、冷却などの対策を実施しないと、熱中症につながってしまうのです。
ですから熱中症が起こる原因は一つではなく、背景にはさまざまな要因が複合しています。熱中症を引き起こす要因として大きく「環境要因」「運動(活動)要因」「個人要因」に分けられますが、このうち気温などの環境要因は、近年、厳しさを増してきています。一方、運動や水分補給の仕方、生活習慣など、自分である程度コントロールできる要因もあります。普段は健康でも、睡眠不足や体調不良のときは熱中症が起こりやすくなりますので、自分では変えられない環境が過酷なときこそ、生活を見直して少しでも熱中症のリスクを下げたいものです。
気温、湿度、
輻射熱(直射日光)、
風速
運動強度・時間、
休憩の取り方、水分補給、
服装
年齢、体力、
肥満、食事、
暑さへの慣れ、
睡眠、体調
なお、「脱水」も熱中症リスクを高める重要な要因の一つです。体重の2%以上(体重50kgの人で1kg以上)の水分量が体から失われると、喉が渇く、体温が上昇する、心拍数が上がる、尿量が減るなどの生理的な変化が起こり、脱水症状が起こるとされています。
特に高齢者は加齢により水分量が減っているうえ、腎機能や汗をかく機能も低下しています。喉の渇きを自覚しにくい、夜間の尿意を気にして水分摂取を控えがち、などさまざまな理由で脱水状態に陥るリスクが高いため、知らず知らずのうちに脱水に陥らないよう、十分な注意が必要です。
では、どのように対策すればよいのでしょうか。
例年、熱中症が増えるのは暑さのピークより少し前。急に気温が上がり始め、体がまだ暑さに慣れていない時期、梅雨明け直後などが最も気をつけたい時期です。しばらく経って暑さへの抵抗力が高まってくると、深部体温の上昇する度合いは緩やかになることがわかっています。そのため、暑くなり始める少し前から体を慣らす「暑熱順化」を行っていくことで、熱中症リスクを下げることができます。
具体的には、「気温が高くなり始めたら1〜2週間程度を順化期間として、徐々に運動(活動)の量・強度を上げ、積極的に汗をかくようにすること」です。適する運動の強度や時間は個人の年齢や体力によって異なりますが、「体温が1℃上がるくらいの運動」、「うっすら汗をかく程度の運動」で30分くらいの運動が目安です。自分の体力やライフスタイルに応じて調整します。順化により発汗量は増加するため、汗で失った水分と塩分は忘れずに補給しましょう。
「暑さに慣れ、抵抗力が高まってくると、体の水分量や血液量が増え、汗をかきやすくなります。そのぶん効率よく熱を放散できるようになり、体温の上昇も抑えることができます。また、無駄な汗を再吸収する働きにより汗からナトリウムやカリウムなどの電解質が失われる量も減って、サラッとした汗がかけるようになります」(長谷川先生)
汗がサラサラとしていたら、体温調節がうまくできている目安。1~2日運動しただけで暑さに慣れる体は作れないので、本格的に暑くなり始める前に10日前後の時間をかけて暑熱順化を進めましょう。
気温が高くなり始める5〜6月から、
強度・時間・服装などを調整して汗をかく運動(活動)を
・初めの2〜3日は軽い短時間の運動から徐々に負荷を上げる
・一般的には10日前後、暑熱順化に必要
・疲労の蓄積にも気をつけながら、2〜3日動いたら1日休む
シャワーだけで済ませず
全身浴により体温を上げ、汗をかく
疲労の蓄積に気をつけながらも、
冷房に頼りすぎず、意識的に汗をかく
熱中症を防ぐには、体から失われた水分をこまめに補給することも重要です。日常生活では食事からも水分を取っているので、それ以外に食事のとき、入浴前後、就寝前、起床後などのタイミングで、水やお茶などを補給しましょう。運動するときは運動前から水分を摂取し、運動中・運動後もリカバリーのために補給します。
長時間、大量に汗をかいたときなどは、水やお茶では体液を薄めてしまうリスクがあるため、電解質の含まれたスポーツ飲料がおすすめです。
また、過剰に水分をとりすぎても低ナトリウム血症(体内のナトリウム濃度が低下し、痙攣や呼吸困難などの症状を引き起こす)を招く場合があるため、喉の渇きや汗で失われた量に応じて調整し、決められた量を無理に飲み続けることは避けましょう。
もう一つ、体を冷やすことで過度の体温上昇を抑える対策も効果的です。
「スポーツの世界では、炎症反応を抑え、リカバリーを目的に体を冷やすことで過度の体温上昇を抑える対策がスタンダードになっています。一般の方の日常生活でも、さまざまな方法で体を冷やす工夫を取り入れることをおすすめします」(長谷川先生)
近年の研究により、「手のひら冷却」で効率よく深部の体温を下げられることが分かってきました。
「手のひらには『動静脈吻合(AVA)』という体温調節のために働く特殊な血管があるからです。AVAは手のひら以外に足の裏や頬にもあるので、この部分に冷たいものを当てるのもよいでしょう」(長谷川先生)
・氷水を入れたバケツ(約15℃)に両手をひたす
・冷たいペットボトルを握る
・首元を冷たいタオルで冷やす
・足に冷たいシャワーをかける
・クーリングベスト、ネッククーラーなどを利用する
・冷たい飲料で水分補給
・氷と液体が混合したシャーベット状の飲料物(アイススラリー)
※運動した後などは冷水浴、水をかぶるなども筋損傷を抑えるのに効果的
冷房の効いた室内にこもりっきりで全く汗をかかないような生活は、暑熱順化を遅らせることにもなり、要注意です。酷暑の中で無理に運動することは避けなければなりませんが、本格的に暑くなる前にサラッとした汗がかける体を作っておくと、暑い環境にうまく適応できるでしょう。適切な時期の暑熱順化と効果的な対策で、今年の暑さを乗り切りましょう。
参考文献:
『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』第6版(公益財団法人日本スポーツ協会)
長谷川博、中村大輔『スポーツ現場における暑さ対策』(ナップ)
教えてくださったのはこの方!
広島大学大学院人間社会科学研究科 教授
横浜国立大学大学院教育学研究科修了(体育学修士)。東京都立大学大学院理学研究科修了(理学博士)。専門は運動生理学。日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症事故予防に関する研究プロジェクト」班員、国立スポーツ科学センター「東京オリンピック特別プロジェクト」研究員等。『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』(日本スポーツ協会)など著作多数。